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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)1482号 判決 1985年10月25日

原告

株式会社花見煎餅吾妻屋総本店

右訴訟代理人

服部弘志

須藤修

右輔佐人弁理士

後田春紀

阪本捷房

被告

二文字屋製菓株式会社

右訴訟代理人

田中榮治郎

安齊勉

主文

一  被告は別紙第一目録記載の標章をカステラまんじゆう及びその包装に附し、又はこれを附したカステラまんじゆうを販売し、若しくは販売のため展示してはならない。

二  被告はその本店及び営業所に存するカステラまんじゆうから前項の標章を抹消せよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告及び被告の地位

原告は菓子の製造、販売等を目的とする会社であり、被告は和菓子、洋菓子の製造販売等を目的とする会社である。

2  原告の商標権

原告は別紙第二目録記載の商標権(以下、本件商標権という。)を有している。

3  被告使用の標章

被告は「浜つ子」なる商標を附してカステラまんじゆうを販売し、又神奈川新聞等の広告媒体を通じて右「浜つ子」を盛んに宣伝広告している。

被告が商標として使用している「浜つ子」の標章は別紙第一目録記載のとおりでありその使用態様は別紙第三目録(一)ないし(五)のとおりである。

4  原告の登録商標と被告使用の標章の類似

原告の登録商標と被告の標章とは、「濱」と「浜」及び「ツ」と「つ」の二点において字体が異なるが、原告の登録商標出願・公告時においては「浜」のかわりに「濱」、「つ」のかわりに「ツ」が常用されていたのであるから右二点の相違は両者の同一性の判断において本質的なものではなく、原告の登録商標と被告の標章はともに「はまつこ」の称呼を生ずる点で共通するから、被告の標章は原告の商標と類似する。

従つて、被告の標章の前記3記載の使用は、原告の本件商標権を侵害するものである。

5  よつて、原告は被告に対し、本件商標権に基づく妨害排除請求として、被告の本件標章の使用を差止るため、請求の趣旨記載どおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、これを認める。

2  同2の事実のうち、別紙第二目録記載の商標が原告により登録されていることは認めるが(但し、指定商品には、煎餅、あられ、其の他本類に属する商品となつており「まんじゆう」は入つていない。)、原告が現に本件商標権を有することは否認する。

3  同3の事実のうち、被告が商標として使用している標章が「浜つ子」である点を否認し、その余を認める。被告が使用している標章は単なる「浜つ子」ではなく、「カステラまんじゆう浜つ子」である。

4  同4の事実のうち、「濱ツ子」と「浜つ子」が「濱」と「浜」及び「ツ」と「つ」の二点において字体が異なること並びに両者の称呼が同一であることを認めるが、原告の登録商標出願・公告時において「浜」のかわりに「濱」、「つ」のかわりに「ツ」が常用されていたことは不知、その余を否認する。

三  抗 弁

1  原告の登録商標の無効

被告は、原告の本件登録商標につき三年以上の日本国内での不使用を理由に、昭和五七年二月二四日特許庁に対し、原告の登録商標第二九六六〇九号の取消審判の申立をし、現在審理中であるが、右審判において原告の登録商標は取消され無効となる。従つて、右登録商標の有効性を前提とする原告の本訴請求は理由がない。

2  原告の登録商標の効力の排除

被告の当初の商号は「浜つ子製菓株式会社」で、「カステラまんじゆう浜つ子」の「浜つ子」は、被告の旧商号の一部であつたから商標法二六条一項一号により、原告の商標権の禁止的効力は排除される。

3  権利の失効及び権利の濫用

被告は昭和四七年の会社設立以来「カステラまんじゆう浜つ子」を製造販売し、その広告宣伝活動に尽力したために右「カステラまんじゆう浜つ子」は横浜市を中心に広く一般に認識されるに至つた。

これに対し、原告はその登録商標を昭和一二年の登録以来、昭和五六年に「浜つ子」のラベルを附した米菓を販売するまで四〇年以上の長期にわたつて使用しておらず、被告の一〇年にわたる「カステラまんじゆう浜つ子」の標章の使用に対してもその使用の事実を知りながら長期間黙認した。

よつて、原告が今日に至つて被告に対し、本件登録商標について、本件商標権を行使することは信義則に反するものであり、原告の本件商標権は被告に対する関係ではすでにその権利性を失つているか、失つていないとしてもその権利を行使することは権利の濫用にあたるものと言うべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告主張の取消審判が係属している事実を認め、その余を否認する。

2  同2の事実は、これを否認する。現に使用していない旧商号の一部について商標法二六条一項一号は適用されない。

3  同3の事実は、これを否認する。

原告は、本件登録商標である「濱ツ子」及びその商標と称呼、観念において同一である「浜つ子」「浜ツ子」の標章を自己の前身が横浜に出店した明治三九年以来、今日に至るまで海苔巻き煎餅に附して使用し続けてきたものであり、又、被告が「浜つ子」の標章を使用している事実を知つたのは、昭和五六年一二月七日の神奈川新聞の広告によつてであり、その際、原告は被告に対し、直ちに使用禁止の警告を発している。しかるに、それに引きかえ、被告は、「浜つ子」の標章を使用するにあたつて、直接に特許庁に出かけて調査するか、あるいは弁理士に調査を依頼する等しておれば、容易に原告の本件登録商標の存在を知り得たにもかかわらず、そのような手段を採らなかつたのであるから、被告が本件登録商標の存在を知らなかつたとしても、そこから生じる不利益を原告に転嫁すべきいわれはない。

第三  証拠<省略>

理由

一(原告の請求原因に対する判断)

1  請求原因1(原告及び被告の地位)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(原告の商標権)の事実については、別紙第二目録記載の商標が原告によつて登録されたことは当事者間に争いなく、また、<証拠>によれば、確かに右商標の指定商品としては、「煎餅、あられ、其ノ他本類ニ属スル商品」とあつて、「まんじゆう」とは明記されていないが(この点、当事者間に争いがない。)、菓子の分類上まんじゆうは生菓子、煎餅、あられは干菓子ではあるが、いずれも和菓子の一種で特許庁における類似商品審査基準でも和菓子には生菓子と干菓子を含ましめていて、特にまんじゆうを除外する趣旨が窺えず、右によれば「其ノ他本類ニ属スル商品」の中には、「まんじゆう」も含まれるものと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  請求原因3(被告使用の標章)の事実については、<証拠>によれば、被告はその商品の包装紙や商品に添える栞類、店頭における商品の表示や宣伝文句、また新聞、雑誌等における宣伝文句に、被告の商品を表わす標章として、「浜つ子」または「カステラまんじゆう浜つ子」と表示していること(「カステラまんじゆう浜つ子」の表示は当事者間に争いがない)、後者の場合には「カステラまんじゆう浜つ子」の部分にくらべて「浜つ子」の部分の字体を大きくして目につきやすくする表示方法をとつていることが認められ他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

そうすると被告は、「浜つ子」及び「カステラまんじゆう浜つ子」なる二つの商品の表示方法を使用してはいるが、このような商品の表示方法では、一般顧客が被告商品を観察した場合「浜つ子」と「カステラまんじゆう浜つ子」とが全く別個の商品を表示するものとみるよりは、むしろ被告の商品は「浜つ子」であり、「カステラまんじゆう浜つ子」は「浜つ子」という商品に含まれ、そのうちのカステラ風まんじゆうの一種であることを示したものとみるのが相当であり、従つて、被告の商品の標章は単なる「浜つ子」とみるべきであり、「カステラまんじゆう」の表示部分は「浜つ子」に対する単なる修飾語の域を出ないものと判断するのが相当である。

4  請求原因4(原告の登録商標と被告の標章の類否)

思うに商標は、自他の商品の識別機能を有するものであるから、商標の類否は、両商標の外観、記憶連想等を総合し、商品の具体的取引状況に基づき、両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて決するのが相当である。

これを本件についてみるに、まず原告の登録商標は「濱ツ子」、被告の使用標章は「浜つ子」であり、両者は「濱」と「浜」及び「ツ」と「つ」の二点で文字を異にし、また、原告の登録商標の使用文字(別紙第二目録二葉目)が全体的にやや細字であるのに対し、被告使用の標章(別紙第一目録)の文字は全体的に太目で幾分上下に詰まり気味である点の相違はあるものの、「濱」は「浜」の旧字体で、その漢字の意味は同一であり、「ツ」も「つ」も格助詞「の」を意味する点で同一であるから、両者はその外観がほぼ同一と認められ、また両者ともいわゆる横浜で生まれ育つた人を意味連想させ、ともに「はまつこ」という共通の称呼を生じており、しかも前記のようにまんじゆうと煎餅ないしあられとは生菓子と干菓子の相違はあるものの、いずれも和菓子の一種であり、これら商品がともに同一店舗において不特定多数の一般消費者に販売されることのあることは経験上明らかなことであるから、これら事情を総合すれば、被告の前記商品の表示は、一般消費者をして原告商品と誤認せしめる虞れのある表示と認められ、結局被告の右商品の表示は、原告の商標に類似しているものと言わざるを得ない。

第一目録

第二目録(一)

登録番号 第〇二九六六〇九号

指定商品 第四三類「煎餅」「あられ」「まんじゆう」等

出 願 日 昭和一二年五月七日(出願番号一二―一〇〇五六)

公 告 日 昭和一二年七月二九日(出願公告番号一二―〇〇七七五一)

登録年月日 昭和一二年一一月三〇日

更新登録日 昭和三三年二月二八日 昭和五三年八月二日

登録商標 別紙商標公報該当欄記載のとおり

従つて、被告の「浜つ子」という標章の使用は、原告の商標権を侵害するということができる。

二(被告の抗弁に対する判断)

1  抗弁1(原告の登録商標の無効)

被告は、「原告の登録商標(濱ツ子)は三年以上日本国内で使用されていないので、被告は原告に対し原告の右登録商標取消の審判を申立て、現在係属中であるが、いずれ右登録商標は取消され、無効となるべき筋合のものである。」旨主張するが、特許庁長官の商標登録行為は、これにより商標登録出願人に商標権を取得せしめる行政処分と解すべきであるから(商標法五条、一八条)、右処分が争訟手続により取消されない限り、原則としてその無効を主張することは許されないものであり、そのことは、商標法においても、登録商標が継続して三年以上使用されていないときは、審判により商標登録の取消を請求することができる旨を規定すると(同法五〇条一項)、同時に、取消審決にかかる商標権は、取消審決が確定した後に消滅すると規定し(同法五四条、なお五七条、六三条の二)、右審判の確定をまつて、当該商標権を無効としているのである。しかるに被告は、自己が申立てた右取消審判において、本件商標権について取消審決がなされ、これが確定した旨の主張、立証をせず、また、これを認めるに足りる証拠もないから、原告の商標権を無効と解する余地はなく、被告の抗弁1は採用することができない。

2  抗弁2(原告の登録商標の効力の排除)

思うに被告が、原告の本件登録商標の効力排除を求める根拠として主張する商標法二六条一項一号所定の商標権の効力制限の趣旨は、自己の肖像、氏名、名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いる方法についてはその者が当然にその使用権を有しているとみるべきであるから、たとえ他人がこれについて商標権を持つていても、普通に用いられる方法で右自己の肖像、氏名等を表示し、使用することを禁止することはできないとして、商標権の効力を制限するものであり、この保護の対象として自己の商号が含まれることはいうまでもないが、同号において保護の対象となる自己の商号は現在使用しているものに限られると解するのが相当である。

ところで<証拠>によれば、被告会社の当初の商号は「浜つ子製菓株式会社」であり、昭和四七年一〇月に現商号の「二文字屋製菓株式会社」に商号変更をしたもので、被告が商標として使用している標章「浜つ子」は右旧商号からとつたものであり現在使用されている商号からとつたものでないことが認められ右認定に反する証拠はない。

従つて、被告が過去に「浜つ子製菓株式会社」の商号を使用していたとしても、現在それを使用していない限り、商標法二六条一項一号の適用はないのであるから、被告の抗弁2は採用できない。

3  抗弁3(権利の失効及び権利の濫用)

(一)  <証拠>によれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 被告は、昭和四七年四月一日に和菓子及び洋菓子の製造販売等を目的として設立された株式会社であり、設立当時の旧商号は「浜つ子製菓株式会社」であり、同年一〇月一日に現商号に変更したが、設立以来、商品として、カステラまんじゆう(白あん・小倉あん・オレンヂジャム入りの三種類がある。)のみを製造・販売してきたものであること、

(2) 被告は、設立時、右カステラまんじゆうの製造・販売にあたり、これを横浜名物と称される菓子に育てようと考え、お菓子の雑誌や電話帳等で既に他の菓子に同一名称が使われていないことを確かめた上で、その商品名を「浜つ子」と名づけたが、しかしその際弁理士ないし特許庁に調査依頼等して既に「浜つ子」の商標登録がなされているか否かについてまでは調査しなかつたこと、

(3) 当初、被告は横浜市保土ケ谷区天王町の商店街の一角に店舗を構えて、右「浜つ子」の製造販売を始めたが、昭和四七年九月に、横浜地下街ニューダイヤのれん街にも店舗を設け、同四九年四月に、国鉄弘済会と横浜駅・新横浜駅構内での売店での販売契約を結び、同年五月に、横浜高島屋、昭和五一年三月に、玉川高島屋とそれぞれ出店契約を結んで地下食料品売場に出店し、翌五二年一〇月には横浜ステーションビル(現在名「シャル」)で臨時の売店売りを開始し(同五五年一一月に正式の出店契約を結ぶ。)、同五四年八月に、国鉄弘済会戸塚駅売店でも販売を始め、同五七年四月に、上大岡三越エレガンス、同年一一月には横浜シャルポートに出店し、同月国鉄弘済会桜木町駅売店、翌五八年一〇月同東戸塚駅売店、翌五九年六月同保土ケ谷駅売店でも販売を開始し、現在ではそのうち幾つかは閉店しているものの、全体からみて順次その販売網を拡大していること、

第二目録(二)

(4) また、被告は、昭和五一年後半から「浜つ子」の販売網を拡大するのと併行して「浜つ子」の宣伝活動を始め、多額の広告宣伝費を計上し、これを投じて、鉄道沿線に広告看板を設置したり、新聞雑誌等に広告を掲載したり、また、ラジオ等でコマーシャルを流すなど、積極的に宣伝を行つてきたこと、

(5) 被告の業績は、被告の積極的な営業努力、なかでも販売網の拡大と各種宣伝の努力が成果を挙げて順次伸び、「浜つ子」の売り上げは会社設立時にくらべて昭和五八年度には約一六倍に達したこと、

右事実によれば、被告が昭和四七年以来製造販売し続けてきた「浜つ子」は横浜市を中心に広く一般に認識されるに至つたものと推認することができる。

(二)  ところが<証拠>によれば次の事実を認めることができ、右認定の趣旨に牴触する乙第四六号証の記載部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

(1) 原告は、原告の現代表者小宮淳宏の父小宮四九の個人企業を昭和三〇年一一月一四日株式会社組織としたものであり、もとは小宮淳宏の曽祖父小宮常八が明治三八年前から東京の人形町で営んでいた米菓専門店に始まるものであること、

(2) 小宮常八は、明治三八年前は都せんべいの名称で米菓を販売していたが、同年ころ以降これを花見せんべいと改称し、明治三九年東京人形町から横浜に進出し、横浜伊勢佐木町に本拠を移すに当り、横浜特産ののりをせいべいに巻いた海苔巻き煎餅を作るようになり、これを横浜に因んで「濱ツ子」として販売するようになり、爾後「花見せんべい」と「濱ツ子」の商品名を附してそれぞれの煎餅を販売するようになつたこと、しかし東京人形町での営業は大正に入つて廃業したこと、

(3) 小宮四九は、「花見」(指定商品第四三類、羊羹その他本類に属する商品、但し塩煎餅、飴、餅、おこし及びその類似品を除く。)につき、昭和九年一〇月三〇日商標出願をなし、同一〇年三月七日右出願公告がなされ、また「花見」(指定商品第四三類塩煎餅)につき、昭和一一年六月一〇日商標出願をなし、同年一二月三日右出願公告がなされたこと、さらに、その後「濱ツ子」につき第二目録のとおり昭和一二年中に商標出願、出願公告並びに商標登録がなされたこと、これら権利は、原告会社成立後の昭和三二年二月一九日、小宮四九から原告に譲渡されたこと、

(4) 原告は、横浜市内において伊勢佐木町の本店(大正以来)のほか、横浜駅西口の横浜ステーションビル内(現シャル内昭和三六、七年ころ出店)、横浜ダイヤモンド地下街(昭和四四、五年ころ出店)及び相鉄ジョイナス内(昭和三六、七年ころ出店)、同駅東口のルミネ内(昭和五五年出店)、関内センタービル内(昭和四四、五年ころ出店)、松坂屋内(法人成る前の昭和二七、八年ころ出店)に直営店を設けているが、花見せんべいは、いずれの店舗でも常時販売しているものの「浜つ子」は本店以外では販売していない場合もあり、「浜つ子」の販売割合は近時では原告の総売上約二億円の一割にあたること、

(5) 原告は店頭広告以外には格別な宣伝を行なつてはおらず、知り得る最初の店外広告は、前記二1記載の被告から原告に対してなされた商標権取消審判申立(昭和五七年二月二四日)後になされた昭和五七年三月二一日付神奈川新聞紙上の広告のみであり、しかも、その広告規模もその前後の時期に被告が神奈川新聞に登載した広告に比し、規模も小さく、内容も疎略なものであること、

(6) 原告は、個々の海苔巻き煎餅を「浜ツ子」と記されたラベルを入れて透明紙でくるんで包装し、これらの一定量を更に大きな透明紙(これには「花見せんべい」と印刷されている。)で包装して販売する方法をとつているが、「浜ツ子」の表示は右個々の海苔巻き煎餅に入れたラベル以外になく、また、海苔巻き煎餅でも右ラベルのないものもあり、更に原告は、昭和五三年七月以前にはラベルが非衛生と保健所から指摘されることを危惧して「浜つ子」のラベルを使用しない時期があつたこと、

(7) なお、原告は、戦前は本件登録商標通り「濱ツ子」として商品表示をし、戦後「浜つ子」と表示を変えたが、昭和五七年ころに至つてからは、顧問弁護士のアドバイスもあり、これを「浜ツ子」と表示するようになつたこと、

右事実によれば、原告は本件商標権を有し、これにより永年にわたり「濱ツ子」、「浜つ子」ないし「浜ツ子」と表示をして自己の商品(海苔巻き煎餅)を販売してきたとはいうものの、その実績は必ずしも高くなく、時としてこの表示を使用しないままで商品の販売をしてきたことが窺われるのみならず、その広告宣伝に左程力を入れていなかつたといわざるを得ない。

第三目録(一)

(三)  このような原告の営業実態と前記被告のそれとを比較すると、今日「浜つ子」が横浜市を中心に広く認識されるに至つたのは、その多くが被告の営業上の努力と工夫にあつたものと認めざるをえない。そして原告は、被告の「浜つ子」の標章使用を原告が初めて知つたのは、昭和五六年一二月七日付の神奈川新聞紙上における被告の広告(甲第五号証)である旨主張するけれども、前記認定のとおり横浜ステーションビルに原告は昭和三六、七年ころ、被告は昭和五二年一〇月ころ出店しており、<証拠>によれば、右ステーションビル内の原、被告の店舗は近接しており、しかも、原告会社取締役の小宮章敬は、昭和五二年から同五八年の間、被告も加盟している右ステーションビルの商店会の宣伝委員、宣伝副委員長、宣伝委員長をしていた事実が認められ、これらの事実からすれば原告は被告製品「浜つ子」の存在を遅くとも被告が横浜ステーションビルに出店した昭和五二年一〇月ころには知つたものと推認することができる。

(四)  このように、原告は被告の多大の宣伝広告活動及び営業努力によつて横浜市を中心に広く一般に知れわたるようになつた「浜つ子」という標章を被告が使用していることを知つた後四年余りの間何らの措置も講じないでおいて、たまたま自己が「濱ツ子」という商標権を有することを理由に被告に対し「浜つ子」の標章の使用の差止を求めるのは、右差止により被告が「浜つ子」という標章を使えなくなつてその営業基盤を根底から覆えされる結果となることが予想できることを思えば被告にとつては酷であると言えなくもない。

しかしながら反面本件においては、被告「浜つ子」という標章の使用が、原告の商標登録に先立つものでないこと、被告は「浜つ子」の標章使用にあたり、特許庁等で右商標が登録されているか否かを容易に確かめることができたにもかかわらずそれを怠つたこと、原告が被告の「浜つ子」の標章使用を知つた後これが差止を求めるまでの期間が四年余であつて必ずしも長期間放置したものであるとは言えないこと、さらに被告が「浜つ子」を使用するについて原告にその責を負わせるべき原因があるとは認めえないこと等に鑑みるならば、原告の登録商標が被告に対する関係においてその権利性を喪失したとまでは言えないし、また、原告の本件商標権に基づく被告に対する標章の差止めを求めることが信義則に反し原告の右権利の行使を権利の濫用にあたるとは断定し難いものである。

よつて、被告の抗弁3は採用できない。

三結 論

よつて、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官櫻井登美雄 裁判官小林元二)

第三目録(二)

第三目録(三)

(四)

(五)

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